2007年
4月号
撮りしひとの視点となりていくたびもいくたびも視つ花や己を
みずからにかけし呪縛を解く今日よ 冬陽に温むこの髪を切れ
あけぼのに雪野染まりて白無垢の柳たたずむ花嫁のごと
天に今朝はっかの花咲くここちあり 吹きおりるこの風をあじわえ
窓ぎわの陽だまりに背なぬくもりてうたたね深き亀虫に触る
雪も見ず春立つこの日花くびをのばさぬままに桜草咲く
5月号
芽吹かんと備えておりしこのごろに公園の樹々刈り込まれいて
緋を含むつぼみ育ちし桜枝のあおいろ薄き空に映ゆるも
海鳥のつばさのごとくあれかしと潮風にわがこころを放つ
春宵のむこうに君の声きけばさらりさらりと身軽になりゆく
旧き家壊さるるとき殉じたる雛人形の追悼をせり
花ありてひいな居らぬはさびしけれ小さくいとしき布雛つくらん
6月号
君なけれどけやき並木はやわやわと萌黄のレエス空へ編み出ず
そよかぜに枯葉のいろの殻を割り ゆりのきの芽の萌黄いま立つ
空を指す梢のさきに灯をともし春ゆりのきは燭台となる
目にちかき公孫樹のこずえふと見れば新芽のかたち愉しげにあり
ひたむきに花は咲きおり 言の葉をたくされようとたくされまいと
紅あわきつぼみになにを重ねしや 鬱金香をえらびたる君
7月号
かちかちとピンセットの先二度鳴らす合図よわれと小さき魚と
葉陰からはやも水面にあらわれて口つき出だしわがまなこ見る
目を合わせピンセット持つこの手から餌を喰うもののいとしかりけり
めだかよりちいさき河豚のふくらむを見てみたしとは思いしけれど
死の危機に瀕してかああこれほどに腹脹らませ息絶えたるか
閉じられぬ眼もそのままに愛らしき淡水フグのなきがらあわれ
8月号
日々あらた体を張っているわたし「主婦」なる仕事は愛に基づく
関節という関節がひとつずつ崩れゆくこの感覚の日々
異形なるわが手むすべば指先はうすべにの翼 そと羽ばたかす
ヒトという生き物なれば種の保存果たせぬ固体も淘汰として在る
身の奥処 花々よ咲けみっしりと いのち育まぬわたくしならば
生涯は日々あまたなる選択肢 今をたどりて現在のわれ在り (現在/いま)
9月号
つと引けばはつかに伸ぶる水無月の夜のセロテープのかなしみおもふ
この時期は無理せぬがよしと言はれをり滑りの悪き掃除機にまで
末梢の血のたゆたひを持ちしままわれ夕闇に沈殿してゆく
手をわたる花束は灯に浮きいでて量感となる薔薇の暖色
本日はプリン体でも脂肪でもなんでも来いだと恩師のたまふ
蝿の這ふごとくに造形とらへよとの教へいまなほわが中に在り
10月号
株分けしうちの最も繁れるをもらひうけたり源平蔓
紅き花穂いでぬまま咲くみなもとの花ばかりなり落人いづこ
ベランダの風のすくなき花台に飾れば源平盛りとなれり
気温五度以下なら部屋へ入れよとふ父よまだそんな先のことまで
ねむりへとつづくやすらぎいだくため夜夜てをつなぐこどものやうに
平織りの敷布のうへに探しあふゆび出逢ふときを恋と呼びなむ
11月号
陽に展(ひら)くひまはり見むと車駆る海沿ひに立つ美術館まで
モダニズムよりも響きは残りゐる 初期の画に聴く遠雷の音の
展示室めぐりき最後 たひらかに葉山の海のひろがりてをり
入り口のガチャポンなんぞ知らぬ気の館内レストラン海に臨む
カプセルに詰められゐるはミニチュアの石膏像よと笑ふも惹かる
透明なタマゴを割れば生まれ落つ 頭部嵌め込み式胸像が
12月号
白秋のみづに新米すすぐ朝しゃらしゃらシャララ
Every sha-la-la-la
七階は住むにほどよき高さなり 光と風と地と空の量
高層の赤きランプの点滅のリズムつらなり夜をながるる
エッジ立つるひかりひかりのまたたきを乱視に映せ風冴ゆる夜は
あらたなる光の函のあらはるるトーキョーにヒトは増えてゐるらし
離陸して北西を指す飛行機か はるけき光とわれ正対す
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